ブログ開始 生い立ち

自己紹介

はじめまして、こんにちは!当ブログ管理人のシロウです。
最初の投稿なので自己紹介から、始めたいと思います。
まずは、生い立ちから書いていきます。

薔薇色の幼稚園時代

幼稚園時代、今思えばこの時代が自分の最盛期だったかもしれない
こんな事を書けば変に思われるかもしれないが
今後の人生はそれ程悲惨だったのだ。

小学生以降はネガティブな体験を繰り返していたが
この時は、ネガティブな思い出が1つも無かった。

幼少期の私は、かなり背が低くていつも背の順では
一番前に居るのが当たり前だった。

大人になれば背の低い男性というのはどうにも扱いが悪いが
子供の頃は背の低い男の子というのは、可愛がられる一面もある。
それに加わって当時の私は、とても明るくてお喋りな子だったので
幼稚園では良い意味で目立った子だった。

嘘のような話だが、近所の女子高生が私目当てに遊びに来たり
実家の会社の女性従業員の方が
幼稚園の運動会に応援に来てくれたり、同級生の女の子からチョコを貰えたりと
今では考えられないくらいモテていた。

当時は電車が好きで、母親と一緒によく電車に乗っていたな
この時は、将来は電車の運転手になりたいとか無邪気に思っていたなぁ・・・

一番友達が多かった、小学生時代。

薔薇色の幼稚園時代とは変わって、小学校に入学したばかりはあまり馴染めなかった。
というのも、自分が通っていた幼稚園からかなり離れていた小学校に入ったので
周りには自分の友人や、見知った顔が居なかったのだ。

何とか周囲に溶け込もうとするも 既に出来上がってた、コミュニティに入るのは難しく孤立した。
小学校の低学年の時に一番辛かったのは、一緒に遊ぼうとしたクラスメート達に
遊んでる最中に、1人だけまかれた事だった。

かなり昔の出来事だが、自分の記憶の中にある一番最初に体験した
嫌な思い出だった。 しかし、小学校の中~高学年くらいになってくると
馴染もうとして行動した結果、友達が出来始めた。

学校外でも遊ぶことも増えて、この時はかなり楽しかったなぁ。
その一方で、小学校時代は母親から習い事を押し付けられて
ストレスが溜まっていた時期だった。

習字・ピアノ・スイミング・進学塾といった感じで、自分の意に反して
やらされた事が沢山あったので、そのストレス解消に当時の私は
とにかく飯を食べまくっていました。

するとあっという間に肥満児になってしまったのだ
クラスでは、TVに出てくる太った芸人のあだなを付けられたり
ばい菌扱いされたのが地味に傷づいたのを覚えている。

嫌な事はいくつかあったものの、小学校時代はかなり友達も出来たし
幼稚園と並ぶくらい楽しい思い出も沢山あった。

そして人生で女性からバレタインチョコが貰えたのは、この時期までであった。

人生で初めて挫折を感じた、中学生時代。

ここまでの生い立ちを見ると
あれ、あんまり低スペック感無くない?とか思われそうですが
この辺から徐々に、低スペック人生の前触れが出始めます。

当初私は小学校を卒業したら、近所の公立中学校に進学する予定でした。
しかしある事件が起きて、私は私立の中学校を受験する羽目になりました。

ここからは少し重い話になります。
私には実は『姉』がいます。姉はいわゆる障害者という奴でして
障害者といっても手や足が動かない、といった身体障害者ではなく知的障害者でした。
その姉は元々親戚の子で、捨てられて家にやってきました。

知的障害者にも度合いがあると思うのですが
姉の場合『まともな意思疎通』が出来ないレベルの障害者でした。

ある日クラスメートが、〇〇中学の〇〇ってお前と苗字一緒だけど関係あるの?
という質問をしてきました。そうです、それが私の姉でした。

私はどう答えたらいいのか、すごく困りました。

その後変な噂が流れたり、クラスに変な空気が生まれたりしました。
家庭でも姉は物を頻繁に壊したりと、とうとうこの家でも面倒が見きれなくなりました。
結果、両親は姉を施設に預けることにしました。

しかし、その後もクラス内の変な噂が消えることなく続き
その雰囲気に耐えかねて、私は私立中学校を受験する事にしました。

中学校でも、また知り合いが殆どいない(1人・2人は居たが仲はよくなかった)状況から
スタートでした。しかし今回は周りも同じ状態だった為
小学校の時と違い、わりと早く馴染めました。

クラブ活動の同級生ともかなり仲良くなって
順風満帆かと思われたが、中学時代に2つの挫折を経験しました。

①才能や・自身の能力を信じられなくなった

中学に上がると、新しく始める事が増えたと思う。
例えば英語・技術・美術・クラブ活動といった感じだ。
私は、こうした中学から始めた活動がことごとくダメだった。

国語・数学・社会・理科などは、小学校からの積み上げがあるので
結果に差がでても仕方がないので、あまり気にしてなかったが。

スタートラインが同じ事で、周囲から大きく後れをとっていた事がとても辛かった。
英語は訳わからん、技術は簡単な物も作れない、美術は幼稚園児みたいな絵で
クラブ活動も後輩に舐められるほど下手くそだったし、スキー合宿ではまともに滑れず
他の人に突っ込んで嫌な顔されたりと散々だった。

自分では真剣にやってるつもりでも、結果が出ないというのは精神に堪えた。
この経験は、今後の人格形成に大きな影響を及ぼした。

②とにかくメンタルが弱かった

私はとにかく泣き虫だった。昔はよく些細な事で泣いていたのをよく覚えている。
そのせいか、いじられたり、ちょっとした苛めもあった。
一番辛かったのは、その事で変な目でこちらを見る奴が辛かったな。
中学時代は、仲の良い友達が出来た半面
ここから徐々に人生が、傾いていく嫌な感覚があった。

孤立・ぼっちの高校生時代

高校時代はかなり中身の薄い、3年間でした。というのも、高校時代は人生の中で初めて
まともな友達が出来なかった時期だったからです。

高校に進学してからも私は、未だに中学時代の事を引きずっていた。
その影響か、性格がかなり内向的になっていく感覚があった。

クラスで友達を作るのにも億劫で、部活動にも参加しなかったし
バイトも特にしなかった。何をするにしても消極的な姿勢だったと思う。
そんな様子だったので、クラスに馴染めずにいた。

またクラスの雰囲気自体も、悪かったので
今までに感じた事の無い息苦しさだった。
ただそんな雰囲気も、1年経てば収まってきた。

私も高校生活に徐々に慣れてきて
たまに食事を取ったり、会話をする程度の
知人以上・友達未満な関係のクラスメートは出来たが
校外で遊ぶような友人は、出来なかったので
高校生活はあまり楽しくなかった。

高校の時の楽しみといったら、家に帰って中学の友達とネトゲをするくらいだったな。
そんなわけで、高校の卒業式の時は普通の人なら
良い思い出が蘇って、感極まるといった場面があると思うのですが
私にそういう思いは、微塵も無かった。

だらけきった大学生時代

大学に入ってから気づいた事だが、高校までと違いクラスルームが無い。
なので、ぼっちなら高校よりも気楽だと感じた。

ただクラスルームが無いと、どこで友達を作ればいいかと悩んでいたが
どうやら大学にはゼミという、クラスルームに代わるモノがあるみたいだ。

ここで友達を作っておかないと、また高校時代みたいになるのは
わかりきってるのでゼミに積極的に参加して
真面目に大学生活を送っていた。

高校時代とは違い大学の友達とは、仲良く出来たので
大学生活はうまくいきそうだな、と思っていたがそれも1年だけだった。
大学2年以降は、変なサボり癖がついて単位を落とし始めた。

高校までと違い、大学は結構サボりやすいので自制心を失うと悲劇が起きる。
学校もサボりがちで、部活もやってなくて、バイトもしてないときたら
当然のごとく両親からプレッシャーがかけられる。

流石に今から部活に入る気にはなれないので
スーパーのバイト面接を受けることにした。 一応採用されそうな雰囲気はあったが
シフトが噛み合わず、お流れになってしまった。

というのも、2回生からさぼりすぎて
大学の1日のスケジュールがパンパンだったからだ。(因果応報)
そして3回生になると周囲は、一気に就活ムードに変わっていた。

しかし自分は大量に落とした単位を拾うため、学業に専念する事になった。
ただ本音を言えば、部活や就職活動などの「新しく挑戦すること」に対して
逃げていた自分は、正直今の状況は都合がよかった。
そんな精神状態では、学業にも身が入らず結果1年留年する事となった。

留年した時に通った大学のキャンパスは、妙な寂しさを感じた。
ただそんな事は、言ってられない状況だ。
2回も留年すると、寂しいどころの話ではないので
何とか気を張って授業を受けていた。

結果、ギリギリで卒業は出来たが就職活動は出来ず、そのまま卒業となってしまった。

余談だが、私みたいに留年した生徒は
卒業判定を、校内のボードに張り出され
そこに自分の学生番号があれば、卒業といった流れですが
よく見たら、3回くらい留年してる人とか居るんですよね。

それを見て自分だったら、次留年したら中退してたかもな・・・
とか考えていました。

次回は卒業後の事を書いていきます。では!

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